タコ部屋で地獄見ました【ヤミ金借金物語】

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決定

現在ではタコ部屋というような言葉を使うことは、あまりないと思います。

「タコ部屋」の語源をたどると、元々は遡る事明治時代の北海道の開拓時代の労働者を一部屋に詰め込んで生活していたもののようです。

20数年前、筆者はお金に困り、現在ではあまり聞く事すらない「タコ部屋生活」を体験することになったのです。

執筆者の情報
名前:鈴木桂馬(仮名)
年齢:64歳
職業:ライター(自身も闇金利用経験有)
利用した貸金業者数:30社(内闇金5社:約30万)

【第2回】ヤミ金の取り立て手口!嘘みたいな実話です

桂馬さんのスマホには闇金融から毎日SNSで連絡がくる

つかの間の幸せ

昭和50年に私立の一流大学を卒業して、国内でもトップクラスの大手一流企業に入社。両親をはじめ親戚一同喜びの日々でした。

私もまだ22才で、意気揚々と企業での生活に邁進していました。

2年後の24才。学生の時知り合った女性と結婚して、家庭を持つようになり、翌年には子供もできました。一流企業に勤務、社宅で家族と生活、私の人生の中でその時だけが人並みの幸せの瞬間でした。

借金の始まり

借金の始まり

入社当時は地味な工場管理の事務職として勤務していましたが、3年目の人事異動が借金地獄への扉を開くきっかけとなりました。

配属先は購買部。多くの取引先へ「発注する」という立場で、毎晩のごとく高級クラブなどで接待され、別の世界で働いているようでした。お中元、歳暮の時期には部屋一杯になるくらいの品物が送られてきました。

今まで味わったことのない夜の別世界。仕事で行くだけなら、自分の出費はなく、借金への道もなかったかもしれませんが…。

自制心の弱さで、個人でも高級クラブ等へ通いはじめました。それがだんだんエスカレートし、店へのつけが自分の小遣い位では払えなくなり、しばらくは女房に出させたりして繋ぎましたが、いくら一流企業でも入社3年目の給与ですから、しれています。

店のつけも溜まり、当時はまだ携帯もない時代でしたので、会社に電話がかかるようになり、それから借金地獄の第一歩が始まります。

借金の原因は甘い自分の性格

当時はまだ25才位。仕事の上で経験したとはいえ、甘い欲望と快楽の世界にはまって、自分の立場や状況などを忘れるくらいに吸い込まれていきました。

その結果残るものと言えば、家庭を振り返らず没頭して女性の影も判明したために冷えきった家庭ができ、一年間での変化に気がつかず…。今振り替えればこの時点でまだ建て直す事はできたかもしれません。

冷えきった家庭に更に追い討ちをかけてきたのが多額の快楽の世界の”つけ”という大きな借金。小額の時点で建て直していたら、自分の人生は明るくなっていたと思います。

今でも自分がいやになりますがいつも「なんとかなる」という甘い気持ちがさきにたち、それが借金を作っていく大きな原因のもとになっていました。

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借金の負の連鎖

恐る恐るサラ金の扉を開き、不安な気持ちで借り入れを申し込みました。当時給与が15~6万でしたが、5万円の借り入れをした記憶があります。

武富士側もはじめての客で、今でいう過去の事故や債務整理などの異動情報もなく勤務先は一流企業、案定収入という条件で申し込みをするともちろん審査も軽く通ります。

5万円の借り入れが、わずか20分くらいで終了。5万円を手にして後の怖さなど考えず、意気揚々と店を出ました。

短時間でお金が融通できるという甘さを体験すると、「借金=サラ金で借りれる」という負の連鎖にはまりこんでしまいます。

私の場合も甘い快楽の世界を味わい、今でいう不倫もしました。20代の新婚家庭の主がやるべきこではありません。今振り返っても自制心の弱さ、情けなさしか思いつきません。

快楽の代償は、最大で当時の金額で80万くらいになり、武富士で限度額一杯まで借り入れても、毎月の利息の返済だけでもかなりありました。

元金はいっこうに減らず、利息返済の為に新たなサラ金に手を出しました。このような状態は決して自分一人で隠せるものではなく、返済が遅れると会社、家に督促の連絡が入り人生没落の始まりになります。

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取り立ての恐怖

20代の世間知らずのばかな若造に、負の連鎖を止める力もなく、最初の武富士での借り入れからわずか1年位で金利も含み、100万くらいになります。

更に快楽を楽しんだ代償もつもり重なり総額で200万近くなり飲食店、クラブから会社へ督促の手紙、電話等が連日続きました。

当時はサラ金がまだ現在のように「暴力団防止法」や「貸し金法」等法的整備がまだととなわれていない状態で、サラ金の全盛期とも言える社会。返済の遅れに対する追い込みは、現在のヤミ金以上だったかもしれません。

会社はもちろん、家(社宅)への一日中の督促の電話、自宅玄関前に帰宅するまで座り込み、玄関前で大声で「金払え」の暴言等毎日が恐怖の連続。しかしこれはまだ当時のサラ金業者では序の口でした。家庭、仕事も含め本当の恐怖はこれからが本番になります。

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そしてタコ部屋へ

当時の返済できない時の代名詞が「マグロ漁船」か「臓器売買」。女性は「風俗店」と決まり文句でした。

筆者の場合は一ヶ月の返済の遅れで「タコ部屋」行きとなりました。つまり強制労働です。身の回りの物整理する時間を半日与えられ、闇金業者の監視の中、まとめました。その後車に連れ込まれ、これから始まるタコ部屋生活へ連れていかれる事になりました。

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タコ部屋は現在でも存在する?

他の地域でもあるように聞いていますが、実態は明確ではありません。しかし筆者の住むこの地区(大阪の西成)は昔と変わらず、タコ部屋に送られ返済させられる人は、存在しているようです。

実際は返済の為だけのタコ部屋生活ではなく「寮」という事で人を集め、送り込む手配師の存在があります。そんな手配師が活動できる状況があるのは、この町だからです。

この町の特徴でもある路上生活者、その日暮らしの労働者、手配師等は筆者が連れていかれた頃と周辺環境はおよそ20年以上もたった現在でも状況の変化はないように思われます。

ただ筆者の当時のように、「強制労働」や「監禁状態」等は様々な法整備で時代の違いを感じます。

現在この地区でのタコ部屋に送り込まれる対象者は2通りあります。

一つ目は、昔と変わらず闇金からの借り入れに対しての返済できない場合に送り込まれるパターンです。二つ目は求人として「寮完備・食事つき」として人を集めるパターンです。先月一人の手配師ともいえる人に友人を介して話を聞くことができました。

「人は集まりますか」「全然問題ないよ」「1つの現場に5人程度送るのに倍くらいは来るよ」とこの地区では仕事=お金の必要な人や住所不定で住める所を探している人材を探すのには困らなくらいの環境にあるそうです。

この地区にいる人達は様々な過去がある人が多いのです。手配師は「どんなおっさんか見極めるのが大変や」と「前に比べると路上生活者や住むところに困っているおっさんが少なくなって来ているよ」とつぶやいていました。

行政が生活保護などの救済措置を施すようになり、手配師に世話になる人は、数もかなり少なくなったとみられます。

手配師が集める段取りとしては、まず早朝にワゴン車のフロント部分に次のような求人広告を出します。

1.日給 9,000円
2.期間 1ヶ月~
3.仕事 砕石場
4.寮・3食食事つき

この広告をみて、手荷物はカバン1つくらいで現場へ運ばれます。しかし大半は給与の違いで戻ってくるそうです。

1日9,000円という事が実際に支払われるのが、2,000円程度で理由は寮費(実際はタコ部屋)・食費・管理費等の名目で引かれて支給され異議を申し立てると「辞めてもいいぜ、その代わり送る車代はもらうぜ」等で本人には重労働してもお金が残らないようになっている仕組み。これは昔と変わらないようです。

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タコ部屋の生活スタイル

筆者の頃のタコ部屋生活は、悲惨という言葉しか思い出せません。現在はゴルフ場や新興住宅地になっていますが、20数年前は山間部でした。

7月だったと思います。夏の暑さが肌に痛いくらいに感じていた頃に、冷房もない簡素な建物の現場の一角に、住居と言えるような物ではない所へ連れていかれました。20人くらいの同じような状況で連れてこられた色々な「おっさんの集団」が、1人一畳くらいのスペースに、まるで満員電車の中のような状態で生活を始める事になりました。

仕事は、朝8時から日没ごろまでやらされたと記憶しています。労働時間や法的労働条件などが通用する所ではありません。

組長と呼ばれている総責任者の下に、班長(我々を管理・監視する役目に担当者)が目を光らせていました。これは、記憶からリセットできないくらいによく覚えています。

3度の食事の後に30分くらいの休憩があるくらい。暑さと疲労、脱水症状等で倒れても寝かせられるだけ。何ら治療もなく労働者の中での話では「この現場の山中に何人が埋められている事やろ」等の会話を耳にすることさえありました。

こんな過酷な仕事をしても返済がどのように減っているかなどわからりません。ある程度の現金を渡され開放されるか、あるいは命がけで脱走するかしかここから抜ける方法はなかったと思われます。

筆者は、連れてこられてから20日くらいで逃げる事になりました。

徒歩で最寄り駅まで行くことが不可能な山間部です。駅への行く方法を毎日考えていた時にチャンスが訪れました。

仕事がいつものように終わりタコ部屋へ戻ってきたときに、班長から「明日の休みは食料の買い出しについてこいと言われました。「チャンスが来た」と思って、一晩中考えているうちに決行の朝がやってきました。

荷物は持てません。そもそも大切な物は特にないので、有り金を隠して準備だけをして、買い物に行ってどのように逃げるか。

あの現場で何人かの人が亡くなっているような事も聞きました。あの時の決断が無かったら、筆者もその中の1人になっていたかもしれません。

買い出しに行ったときに更なるチャンスが訪れ、大阪行きの電車にとび乗る事に成功して20数年前の脱走が成功しました。

タコ部屋での食事

昔は借金返済ができない「多重債務者」が、労役的な目的で送られていました。現在では、多重債務者は任意整理や自己破産等をして債権者から免れる事ができます。

そのため、借金の為に連れていかれるより、従業員として雇用する為の施設に変わってきているようにも思えます。数そのものも昔に比べて少なくはなっているようですが、タコ部屋より「00寮」と呼ばれている所が多いです。

筆者が連れていかれた頃は、借金が原因の人が殆どで、中には「まだ刑務所のほうがましや」という人もいたくらい過酷な環境した。

仕事は過酷で長時間、食事は朝は白米に味噌汁、漬物が少し、昼食は朝飯に目刺し等おかずと呼べる物かわからない物が1品、夜は週の半分が水っぽいカレーライス。そこにも現場でのしきたりで、ここに長いものが先に食べれて、新参者になるともうなくなる事もある…という具合で、「刑務所のほうがましや」と言われていたのです。

現在は食事や設備面もかなり違っているようです。「人権の尊重」「個人情報の保護」等様々な個人を守る法の整備がある為に、昔のタコ部屋やその中での食事も含めて粗悪な環境を経験することも少なくなっているようです。

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タコ部屋はどういった事を行うのか

当時は元総理大臣の田中角栄氏が発表した「日本列島改造論」の影響で、地方の土地の上昇や山間部の宅地開発で建設ブームがおこりました。そこで働く労働者はいくらでも需要はあり、筆者のような借金の為に送られてくる債務者が、どんどんと現場に連れていかれた時代でした。

ひどい所では朝日が昇ると頃に働き出して、日が沈む頃迄まで働かされたと聞きました。「日本列島改造論」という号令と共に、建設現場で仕事は活気と人集めに必死の状態でした。

タコ部屋はどこの地域なの?

日本列島改造論の発表後は、日本全国で相当数のタコ部屋的土木現場はあったと思われます。特に地方の宅地開発やゴルフ場の開発状況はかなり活発になっていきました。

それに加え日本列島改造論では日本全国を新幹線で結ぶという構想がありました。新幹線予定地周辺の土地の価格高騰や開発、新幹線のトンネル工事等、全国的に大手ゼネコンにとってはまたとない時代。作業員の確保に下請け、孫請けや更にその下の手配師迄が息つく暇もないくらいでした。

筆者が連れていかれたタコ部屋の作業現場でも、最高に労働者が集まった時は100名近くいたようです。作業員を確保したい孫請けの会社にとって、闇金の債務者情報は「高価な売り物」となっていたみたいです。

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事務所に監禁される

職場や家庭での悪い事実は一瞬にして広まりました。会社では上司から事情聴取され、結果会社の判断で「地方の支店への転勤」か「自己都合退職」の選択をさせられました。

まだ子供も小さかったので、転勤を選択して新たにやり直すつもりでしたが、現実はそんなに甘くありませんでした。サラ金への返済遅れによる金利の積み上げ、増え続ける借入額、更に水商売のつけ。今までは店からの督促のみでしたが、店が取り立て屋に債権譲渡して、その取り立て屋からも強烈なおい込みを受けます。

転勤先がなぜわかったのか?彼らにしたら簡単なことで、武生富士みたいなサラ金は全国に展開しており、発見されるまでそんなに時間はかからないのです。

転勤先での債権業者からの想像を絶する追い込み、サラ金からの追い込みも以前にもまして強烈になり恐怖の日々が続いた結果離婚、退職へと転落していきます。

転勤による暮らしはわずか1年。意気揚々と入社した日からわずか7年という短い一流企業での生活。わずかばかりの退職金で少しづつ払いましたが、それからが苦難がますますひどくなります。

退職を知った債権者やサラ金が、一斉に全額返済を迫って、集団で押し寄せてきました。

離婚した妻への強烈なおどし「旦那の借金は奥さんソープで働いてもらえ」「奥さんの実家に行かせてもらう」等、家族全員が恐怖の毎日。自分の自制心の欠如のために、家族、家庭、仕事、友人、信用と全てをなくし、あと残された道は”死”という選択だけでした。

離婚後妻と子供は実家に戻らず、妻の妹に助けを求めて姿を隠しました。

私も転勤前から地元の警察に相談して助けを求めましたが、当時の警察は何かはっきりした事件でもないと真剣に対応してくれませんでした。

忘れもしません、7月の暑い日の午後。大阪の実家に逃げようと思い、九州の下関の駅で、身体ひとつで列車を待っていたとき、背中をわしづかみされ「どこに逃げるつもりなんや」と大声で後ろからかこまれました。

その後、駅の外に連れ出され事務所に2~3日監禁され、「返済の目処」または「マグロ漁船に乗る」の選択を迫られました。その時「もうこのまま死のう」と思い、債権者に「殺して下さい」と言いました。相手は「殺すのは簡単なことやが、借金とられない」と言いました。返済の目処がつくまで監禁状態は続きました。

恐怖の回収力

監禁されてから4~5日。どこで調べたかわかりませんが、男の一人が来て「大阪に母親がいる」と言いました。その後男達に囲まれ、実家の住所や電話番号を暴力的に聞かれました。

口を閉ざしていると頭や腹をなぐられ、もういっそうのことここで「殺してくれ」と思っておりました。もう40年くらいも前の話でもすが、昨日のことのように頭から消えません。

実家の連絡先がわかるのにあまり時間はかかず、ある日の朝二人の男が「大阪へいくぞ」といって、小倉の駅から昔の国鉄の列車にのって大阪へ向かいました。

母親が借金の肩代わり

後になって母親から聞いた話ですが、実家に債権者から電話があり「息子が借金払わないので命もらうぞ」と年老いた母親に言ったそうです。母はあまりに怖さに、警察に相談すると自分も殺されると思い「お金を工面するので1週間時間を下さいと頼んだ」そうです。

そのため、1週間後に大阪に行くことになったわけです。母はその間自分の長年かけてきた生命保険を解約したり、少しづつ貯めた年金や自分の兄弟に頭を下げてかりて金策したみたいでした。

債権者と一緒に実家に行ったときには、やつれはてた姿に涙を流しながら一言「生きとたんか」といって、集めたお金から来た債権者の分だけ払い精算してくれました。

その後も、父親が残したわずかばかりの財産を売却して、他の借金も精算してもらいました。

今なら破産宣告や債務整理や暴力団防止法等で守られますが、警察は事が起きてからしか動かない体質です。また、当時は破産宣告などさせないように追い込みをかけられていたものです。

軽い気持ちで闇金に

母親が死ぬ思いをして作ってくれたお金で借金、債権者の恐怖から逃れました。それから2年後に、母親は苦労と苦難を抱き、他界しました。

筆者はというと、職も転々として、相変わらず落ち着かない人生を14~5年、その日暮らしの生活に近い状態が続きます。

余分な金もないはずなのに、飲みや、パチンコ等にはまり、過去の苦しさも忘れ、再び借金という罠にはまってしまいました。

当時は日雇い状態ですので、まともな金融屋では借り入れはできませんでした。はじめは千円単位を周りの仲間から借りていましたが、ある日現場の仲間から「金困ってるなら貸すとこ紹介するよ」と持ちかけられました。

仲間の紹介にのり、2万円を借りたのがヤミ金でした。これがきっかけで、第二の地獄に入ることになります。

仲間の紹介でもあり、気軽な気持ちで「2万円くらいなら1週間も働けば返せる」と甘い気持ちで借りたのが、命取りでした。

金利がトサンで毎週6,000円の金利をとられ、最初に手元に来るのは手数料として3,000円(紹介した仲間への紹介料)と金利6,000円ひかれ11,000円でした。

毎週金利を返済するので精一杯。そんな折、知らない着信番号で電話があり、出てみると「今融資が必要ではないかと思い、お電話差し上げました」とのこと。電話の応対も柔らかく、感じが良かったので話を聞いて借りることになりました。

いわゆる今で言う090金融でした。返すために借りるの繰返しで、気がつくととてつもない金利。それを一時的にしのぐために、また同じような金融屋から借りる、の繰返しでした。

現在64才で55~56才の頃の2007年~2008年の出来事だったと思います。

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再びタコ部屋で強制労働

元金は10万もいかなかったと思いますが、この頃になるとヤミ金と呼ばれるところ3社で金利が膨大にふくれ、支払うという事ができる状態ではなくなりました。

追い込みも、現場の監督や友人などを聞かれ、自分に関係するところから「絶対とる」と。それは強烈な追い込みでした。

「生かさず、殺さず金は絶対にとる」姿勢で、最後は1社のヤミ金が他とも話し合いをしました。その結果、泉南の山の工事現場のタコ部屋につれていかれ、無給に近い状態で働かされました。外とは連絡ができないようにしてあり、そこにいるのは同じような状況の人間が大半でした。

約7ヶ月間無給に近い状態(通常一日9,000円から10,000円の日当ですが、実際は一日1,000円渡され残りは全部借金の返済に支払われたみたいでした)で働かされました。

私の現場仲間の一人も、同じように紹介を通してヤミ金から借り、強烈な追い込みに耐えきれず、京阪電車に飛び込みました。

周りの乗客に救出されましたが、その後も電車会社への保証問題やヤミ金の更なる追い込みに耐えきれず、自殺という結果を選択しました。

私もその心境はよくわかり、仕事現場の近くの山林で何度首をつろうかと思いましたが、情けないことにそれをする勇気さえありませんでした。

たまたま夏の暑い日に1日休みをくれて、それが絶好のチャンスと思い、わずかばかりの現金を手にして現場を逃亡しました。

捕まって殺されてもしょうがないと腹をくくり、とりあえず大阪に向かいました。電車の棚にスポーツ新聞があり、その1ページがこれからの人生を変えていきます。

自己破産への第一歩

電車の中が、何かしら別の世界にいるように思えました。

1年近く、外部と連絡もとれない山の現場に監禁状態同然でした。たかが電車中でも、生きているという実感を感じました。

電車で拾ったスポーツ新聞に目を通していくと、ある広告に目がとまりました。「無理な過払い請求被害に是非御相談ください」。

しかしこれはただの金儲けの為の広告だと思いました。

大阪に着いた時にまず心配したのが、連中の手配がすでに待ち受けているのではないかということです。人目を避けながら改札を出て、公衆電話に向かい「もうこれ以上の事態はないだろう」と自分に言いきかせ、スポーツ新聞にのっていた弁護士事務所に電話しました。

電話で恐怖の約1年の実体を話すと、すかさず「今言います電話番号に5分後に電話して保護してもらってください」と言われました。5分後に電話すると、そこは警察の生活安全課でした。「連絡は弁護士さんからもらっている。こちら迄こられますか」と聞かれ、遠くなかったので指示通り行ってみました。

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法テラスでの手続き

警察で保護され、弁護士さんも駆けつけてくれ、今までの経緯を説明しました。大阪弁護士会に法テラスというところがあるのでそこへ行きましょうと言われました。今の状態なら有料の弁護士は経済的に無理だからです。

法テラスの弁護士さんの予約日まで、その間弁護士さんから紹介してもらった小さな施設に身をかくしました。ボランティアで私みたいな訳ありの人達をたち直させる施設です。

その施設のオーナーも、私と同じような道を歩み、結果ボランティアで自分と同じ人間を作らないようにと、施設をはじめられたという経緯がありました。私を含め多くの人が助けられたことかと思いますが、2年前に病気で他界され、施設もなくなりました。

法テラスで2~3回かけて、これまでの経緯を説明しました。結果自己破産、免責の手続きを行い、法の元で守られることになりました。

まだ追い込みからの解放されたとはその時点でも思っていませんでした。2012年の6月の事でした。

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今も闇金の催促が家にくる

【第3回】借金地獄脱出から自己破産【タコ部屋で強制労働】

どこから調べたか分かりませんが、私のメルアドに闇金融のライフマネーからメールが来るようになしました。電話やSNSが多く、メールでの連絡は初めてです

自己破産後は、体調を崩し、病院へもいけない状態になりました。相談した弁護士から、生活保護の申請を至急するように助言されました。

法テラスでの分割での支払いも、生活保護者なら免除になるとのことでしたので、申請を行いました。住まいは小さなアパートでしたが、最低限の生活は確保され、私にとっては天国と思われる一時の時間でした。

しかし神様がいるとしたら、自分がおかしてきた事に対して、何もなく人生の終末を迎えさせてくれるはずがありません。

体調を崩して半年後に左半身がまるっきり動かなくなり、病院での診断結果、国の難病指定にもなっている「進行性パーキンソン病」と判明。ほぼ体の半分は麻痺状態になり、自分でトイレもいけない状態になり、大きな天罰をもらいました。

同時にどこで調べたのかわかりませんが、いまだに新しい住まいに、ヤミ金からの督促がきます。無視していますが。

64年間自分の欲望の自制心をコントロールできないことで、人生の殆どんどを「借金」「追い込み」「恐怖」の時を過ごして、今は天罰ももらいました。しかし一番の自分の「運」は、今までは生きてこれた事ではないでしょうか。

自分の郵便受けに一通の手紙

一般的には自己破産や裁判所の免責が出ると、借金は0という概念があるかと思います。担当した弁護士ももちろん同じ考えでした。

ヤミ金は違法な高金利で、金融業者としての登録もないため、借り入れ金額は基本的には返済しなくてもいいことになっています。

筆者は、病気の治療もあり、新天地で新たに生きる道を見つけることにしました。

その新天地で落ちついた生活をして半年が過ぎたある日、自分の郵便受けをみると、何やらわからない郵便物が入っていました。中を開けてみると「2012年5月にお貸しした5万円の支払いが滞っており、利息込みで120万請求させていただきます」との内容。自宅玄関で動きがとれないくらいに固まってしまいました。

何故新しい住所がわかったか、自己破産、免責で取り立てはできないはずではなかったか、送られてきた封筒をみても、切手の消印だけしかわからず、どこからきたかも判明しませんでした。

そのあと直ちに弁護士事務所に連絡をして助言を仰ぎました。その後も、一日おきくらいに手紙が届き、やはり消印だけ。消印も毎回違っており、手口として巧妙になっていました。

ヤミ金にとっては「自己破産、免責がなんですか」な具合で、貸したものはどんな状態であろうと、生きている限り取り立てる意気込みがひしひしと感じられました。

民事不介入の警察

武富士での借り入れが、この地獄の体験談の始まり。勤務地の警察や転勤先の警察に身の危険を感じて、相談したこともありました。

今は警察も振り込み詐欺の多発などで、組織的に犯罪対策課やサイバー対策室等を設置して市民の声を聞くようにしています。しかし若い女の子がストカー被害に会う前に相談しても、なんら手が打てず、結局殺されてしまったというニュースは最近よく目にします。

私の場合はもっとひどかったと記憶としています。武富士の頃は警察は消費者金融の味方だとずっと信じていました。

相談しても「個人の貸し借り」で、刑事事件でもないので当事者同士でうまく話つけて、とあっさりと返された事が昨日のように思えます。あれから20年以上の歳月がたっても、警察の恐ろしき体質はかわっていませんでした。

私が阪南の現場から逃亡して、大阪に着いたとき最初に保護されたのが警察の生活安全課でした。その時も、最終的に保護してくれたのは、ボランティアの施設でした。

今回も再三なる手紙の督促にストレスと身の危険を感じて、近くの警察に相談にいきました。しかし、回答は「借金の督促状で危害や暴力をふるったわけではないので、個人間の問題で民事として弁護士がいるなら相談してみては」という対応でした。昔と変わらない回答に警察ってなんやと怒りを露にして警察を後にしました。

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手紙が届きはじめてから半年が過ぎた昨年の11月頃に、私の携帯に着信番号のない電話がはいり、誰かわからないので出ませんでした。その後、一日10本近い番号なしの電話がはいり続け、今年の2月頃までその状態が続けました。

2月末くらいにメールが入り「金は絶対回収する」と一言の内容。それをもって弁護士と警察に再度出向き、これは脅迫だと申し出して、メールの発信元を調査してもらいましたが、何十もの経由したメールの発信のしかたで元はわかりませんでした。

私も今年で64歳になります。あと残りの人生もわずかだと思いますが、泉南の山の中の地獄の現場、下関での債権者による監禁等いつ殺されてもいいような状況でしたが今日まで生きてこられました。

3月に新しい電話に変えてても、今なお、携帯へヤミ金と思われる電話金融のメールが毎日のように流れてきます。

こんな状況ですので、あの時ヤミ金から借りた10万が利息と共にいくらになり、それが2月にあった「金は絶対回収する」というメールが、いつ実行されるか不安な毎日が続きます。

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この記事の執筆者

鈴木桂馬
大学を卒業して一流企業に入社するも、自制心の欠乏により輝かし人生を真逆の地獄へのエレベータに乗ることになる。

別世界の甘い誘惑に負けた結果、莫大な借金を背負い、勤め先や大切な家族・友人・すべてを失う。残ったものは死の淵まで追い込まれた壮絶な恐怖の取り立てのみ。

母の助けもあり、一度は借金完済するも、時が経つことで殺されかけた自分の経験が頭から消え去り、今度はヤミ金に手を染めてしまう。

その結果は誰もが予想がつく通りの結果となり、地獄行きのエレベータに乗ってから40年以上たった現在も、ヤミ金の恐怖から怯えながら生活する毎日・・・・

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  1. 飛雄馬先生さん|2018-11-09 21:01:11

    こんばんは。その通りですね。

  2. 金足りぬ(大嘘)さん|2018-11-09 19:22:30

    タコ部屋について調べていた中二です。闇金は絶対に手を出さないこと、消費者金融は安全に利用したいと思います。